大学院は道楽の延長?

 社内の某研究センターの課長レベルの方から直接、お聞きしたことであるが、今の理工系大学院は道楽の延長のようなものであるらしい。
 私は大学院には進学しなかったので、大学院の事情はよくわからないが、どうしてそう言えるのか、理由を問うたところ、

 (1)企業の研究所から見て、学士卒でも修士卒でも博士卒でも、短期的に見ても長期的に見ても戦力的にはそれほど変わらないこと。言い換えれば、大学院卒業だから何が違うのかがよくわからないこと

 (2)少なくとも修士は、「みんなが行くから行く」か、「学生を続けたいから」という、消極的理由で進学することが多く、博士後期課程に進まない理由は、「みんなが博士後期課程に進まないから」とか「そろそろ就職すべきだと感じたから」という、これまた積極的な理由を見いだしにくいこと、

 そしてなにより

 (3)すべて自費であること

なんだそうだ。

 特に(3)が強調されていた。自費であるから、社会から給与も支払われない。金銭面では遊び呆けている者とあまり変わらない、と繰り返し述べていた。

 要は、企業で研究職に就いている者を評価する管理職の立場から見れば、従業員の成果と学歴とが必ずしも結びついていないのだろう。学士卒の方が年齢が低く、扱いやすい、とも言っていた。修士卒は扱いやすいといえば扱いやすいが、年齢が高いので、その分、高い給与のために高い成果を求められるため、仕事を教えている期間が短く、じっくりと教育できないままの状態が続くらしい。そのうえ、他人に合わせるようなところが強く、個性を出しにくい、とも言っていた。
 博士卒は年齢が高すぎて、場合によってはすぐに年下の上司に使われることになるので気の毒、とも言っていた。

 どうもその課長さん、あまり大学を信頼してないらしく、日本では、医学部であれば6年で手に職を完全につけるように指導するのに、他の学部ではそのような教育はされていないから、親としても理工系には進ませたくない、とのことであった。学士までなら渋々認めるが、理工系大学院に進みたいのなら息子・娘であっても自費で行け、とのことであった。うーん、かなり厳しいなぁ。

 私は、大学院が道楽であるとは断定しない。
 でも、年齢的に成人でなければ大学院に入学できない。なので、大学院での研究が世の中の役に立つので有れば、当然、世の中から報酬(給与)を受けて当然なのだ。これが成り立たないので有れば、大学院っていうのは道楽と言われても仕方ないのかな、と思う。

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